2014年9月         



日の残るうちに・・・



夕方に咲く 夕スゲ




風知草とススキのコンビネーション




フロントガラスの夕景

8月は 夏休みの子供達の歓喜を耳にすると同時に
原爆投下 終戦記念日 日航機墜落事故 など
かつての惨いでき事も 呼び覚まされる月でもある。
よろこびと 深い悲しみが同居する月。

旅行する訳でもなく 来客も多くなく ほとんどを自宅で過ごす
毎日ではあっても とてもはやく過ぎて行く。

最高気温 35℃ を 越える日がつづくと 水やり 水やりの連続である。
家事と水やりの2本立ての毎日である。
秋の展覧会の準備もあるとはいえ 他のことを入れる余地もない。
あとから考えると 汗だくになるのは わずか数日なのに
その時は 大層なことのように思える。

朝から太陽が顔を出し カァーッと日が照りつける。
夏の気分を盛り上げるかのように セミもジージー 
オーシーツクツクも 鳴き出す。

はやいうちに・・・涼しいうちに草取りを・・・と 言っても
早朝から暑いのだから それも適わない。
汗が流れ 熱を帯びた自分の体をもてあます。
いつまで この暑さがつづくのかしら と 思う間もなく
台風がやってくる。
台風が去り 青い空を仰いでいると 風がちがうことに気づく。
あの激烈な暑さも 一緒に運ばれていったのか 風の様子がちがう。

暑い夏は一瞬で カーニバルのようだったかナ
それとも 花火のようだったかもネ。

おまけでもらった線香花火を思い出して 着火してみる。
20年ぶり・・・いいえ もっと。
ちりちりパチパチ 放射状に舞う火の華を見つめている。
誰が 考えたのだろう 夏の花火。

  “これも また過ぎ去るだろう ” という スーフィー教徒達に
伝わることばが テロップのように脳裏に浮かぶ。



2014年8月17日 記す     加藤 文子

 



食卓のオサシダ

          

 

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